南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」 能瀬と読書 能瀬の読んだ本

2014_024 福岡伸一『動的平衡ダイアローグ 世界観のパラダイムシフト 』

(2014年4月20日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

揺らぎある世界 再定義

「1年前のあなたと今のあなたは全くの別人です」と言われたらきっと驚くに違いない。しかし、分子・細胞レベルではあながち間違いではないらしい。私たちの体の構成要素は、ほぼ1年で入れ替わり別人になっている。

冒頭、20世紀前半の実験が紹介される。生物が食物として摂取した栄養素の大半はいったん身体の内部にとどまった後、やがて体外に排出される。骨や歯でさえも、内部で常に分解と合成が繰り返されている。摂取と排出、分解と合成といった、相反する動きによって生命は保たれており、実験を行ったシェーンハイマーは代謝の持続的変化こそが生命の真の姿であると述べた。

分子生物学者の著者は「相反する動きの上に成り立つ同時的な平衡」という概念を「動的平衡」という言葉で表現している。本書は、動的平衡の視点に立ち―すなわち静的ではなく動的な、機械論的・因果律的でなく揺らぎのあるものとして―対談を通じて世界を再定義しようとする試みである。

作家のカズオ・イシグロとは「生命が肉体にもとづくものでないのであれば、私たちはいったいどうやってアイデンティティを保てるのか」という問いに対し、「記憶」をキーワードに考えを巡らす。学者ジャレド・ダイアモンド氏との対話では、地球に生命が誕生した38億年前に戻り同じ環境を与えたとしても同じように人類が生まれていたとは限らないことを例にあげ、ある原因が必ずある結果を生むのではなく偶然の条件によるところが大きいとしている。

細胞から、宇宙の果てまでテーマは幅広いものの、僧侶玄侑宗久と建築家隈研吾の回で、平衡を保つための「だましだまし」というキーワードが出てくるなど共通する部分が多い。動的平衡が普遍的であることの証拠であろう。

ところで、昔の日記を読んでいると自分が書いたとは思えない文章を見つけ驚かされる。これも動的平衡のせいだと思えば納得できる…気がする。

2014年2月15日 第1刷発行
出版社:木楽舎
224ページ
ISBN-10:4863240716
ISBN-13:978-4863240711
ブックデザイン:奥村靫正/TSTJ

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