能瀬と読書 能瀬の読んだ本

002 小川洋子『原稿零枚日記』

小川洋子との出会いは『人質たちの朗読会』。知人からの勧めで手に取り、島根帰省の際に泊まった旅館でいっきに読みきった。ひとことで表すなら「小気味悪い」。テロリスト集団に誘拐されてしまった8人の日本人の旅行者たちが始めた朗読会。最終的には救出劇の失敗によって8人は爆死してしまう。その設定自体とても不気味だが、囚われの身という緊迫した状況で人質たちが語る自分自身の“生”との対比がその不気味さを際立たせている。

そうそう、今回は『人質たちの朗読会』の話ではない。

日記というタイトルと主人公が作家であることから一瞬ノンフィクションかと思うが、モノローグ形式(日記だから当たり前か)の小説である。主人公は売れない作家。自分の作品は売れないもののあらすじを書くことに非常に長けており、あらすじ教室の講師をして生計を立てている。これまた、この話も不気味だ。

もう、しょっぱなから不気味。宇宙船研究所、苔料理専門店に始まり小鳥の自殺、祖母の同居人、運動会荒らし。その後もどこまでも不気味で、役場の生活改善係、ドウケツエビ、素寒貧な心の会、子宮風呂、8歳の時に死んだ娘、パーティー荒らし、小泣き相撲、アウシュヴィッツ、けして取ることのできないマフラー、そしてミツクリエナガチョウチンアンコウ。実際に存在するものもあるが、それまで不気味に見えてくる。人がよく消える。知らない人が自分のことを知っている。知ってるはずの人だがどうやったって名前が出てこない。その不気味さにどんどん惹きこまれくせになってしまう。

各章は「九月のある日(金)」といった感じになっているのだが、章の最後にはその日に書いた原稿枚数が書いてある。1日目は3枚、2日めにその3枚を捨てる。3日めは零枚、翌日は学習ノートに5ページ。その後も零枚、零枚と続きずーっと零枚なのかと思うと4、5枚の日もある。その枚数に込められた意味を考えてみるのも面白いかもしれない。

最後に、なぜか印象に残った一文を記しておく。

全身どこにも、私が私であるための印を残さない。(p.143)

2010年8月10日 初版発行
出版社:集英社
240ページ
ISBN-10: 4087713601
ISBN-13: 978-4087713602
装画:小杉小二郎
装釘:水木奏

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