南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」 能瀬と読書 能瀬の読んだ本

2014_035 矢萩多聞『偶然の装丁家 』

(2014年6月15日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

「個性」信じず身の丈で

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「偶然の」に続く言葉として装丁家ほどしっくりくる職業はないのではないかと思うほど、実に絶妙なタイトルだ。「弁護士」だと嫌みに聞こえるし、「会社員」だと意外性がない(私も「偶然の会社員」の一人だが)。リズムもいい。装丁家とは本のデザインをする職業だ。カバーに表紙や目次、しおりに帯や紙の種類など本のデザイン全てを装丁という。著者は本嫌いにもかかわらず装丁家になってしまったそうだ。本を開く際に必ず装丁者をチェックする私としては、何ともうらやましい話である。著者は、変わった経歴を持つ。中学1年生で学校に行かなくなり、14歳のころからは1年の半分以上を、絵を描いたりウェブサイトを運営したりしながらインドで暮らす。日本に戻り個展を開催するなどして絵を売っては、またインドに帰る。20歳の時に突然自分の本を出すことになり、それがきっかけで本との関わりができて、いつの間にか装丁家を名乗っていたというのだ。

本書では著者の半生が紹介されているが、学校に行かずに装丁家になる方法や、就職しないで生きる方法が書かれているわけではない。彼は小学生のころから、世の中でもてはやされはじめた「個性」という言葉を信じていないという。そんなものは存在せず、出会った人や物事の影響を受けながら、なんとなく自分が必要とされることで、自分の輪郭というのは見えてくるものだと。

同世代の私も個性という言葉に悩まされてきたが、本書のおかげで少し楽になった気がする。一方で「才能なんてものは存在せず、あるとしたら人の出会いと運だけ」と述べる著者の絵画作品や装丁した本を見ながら、「やはり才能は存在する」と自分の才能の無さを嘆いている。

ところで、「学校に行きたくない」「インドに行きたい」という思いを尊重してくれる両親の存在は大きかったに違いないと、自分を認めてくれる存在の重要性を切に感じた。もし自分の子が同じことを言ったとしたら、何と言ってやれるだろう。

2014年5月10日 初版
出版社:晶文社
281ページ
ISBN-10:4794968485
ISBN-13:978-4794968487
装丁・レイアウト:矢萩多聞
装画:ミロコマチコ
口絵写真撮影:吉田亮人

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