昨日、司馬遼太郎氏の「人間の集団について」を読んでいたところ、「的を得る」となっているところを見つけ脊髄反射的にツイート。
司馬遼太郎ですら「的を得る」って書くんだから、もう「的を得る」でいいんじゃないかって思う pic.twitter.com/3izqwjCOnI
— のせ (@nose1119) January 1, 2022
直後、ベトナム語仲間とZOOMで話してた時に「そもそもあれ『的を得る』じゃなくて『当を得る』だよね」と指摘され、よく見ると
そもそも私が「当を得る」という言葉を知らなかったため、完全に「的を得る」と空目したのでした。
すぐさま、「お詫びツイート」。ググってみると「『的を得る』の誤用は『的を射る』と『当を得る』を混同した結果」という記述を発見し、妙に納得。
ところが、先ほどのツイートへのリプライで親切な方が、さらに有意義な情報を教えてくださいました。
これは「当を得る」の使用例でしょうか。
「的を得る」は根拠が曖昧な誤用説が流行するまでは、小説家も日本語学者も普通に使っていました。https://t.co/77IdIjDlBu pic.twitter.com/Z8pzf54x1Q
— びふぼ (@bifbo) January 1, 2022
そもそも「的を得る」は誤用説が流れるまで普通に使用されていたというもの。私もフォローしている国語辞典編纂者の飯間先生の過去のツイートも引用して教えてくださいました。
恥ずかしい思いをしましたが、今後のためにとても役に立つ知識を教えていただけて良かったです。