哲学カフェ 演劇

演劇にできること

投稿日:2011年7月4日 更新日:

先ごろの記事で鹿児島演劇見本市のことを書きましたが、パンフレットの鹿児島演劇協議会代表理事の仮屋園さんのあいさつ文の中にこんな一文がありました。

私たちは、今回の災害で、演劇が市民生活にどのように関与し、どのような役割を果たしていけるのか、より考えなければいけないと痛感しています。

この言葉に非常に考えさせられました。おそらく、被災地の避難所生活を送っている方々が演劇を観て楽しめるかといったら、正直難しいのではないかと思います。自分はここ最近、以前では考えられないペースで芝居を観ているが、それができているのは最低限の生活が充実しているからで、住むところも、食事も、家族も、仕事も、お金も充実しているからこそ演劇を観に行こうと思うし、演劇を観て楽しいと思えるんだと思います。では、演劇の役割とは何か?仮屋園さんの言葉で「演劇が『今回の震災』にどのように関与し」ではなく「演劇が『市民生活』にどのように関与し」となっている点にヒントが隠されているのではないでしょうか。

観劇で育まれるモノ、それは想像力であり、共感力であると私は思います。脚本家の伝えたいこと、演出家の伝えたいこと、役者の伝えたいこと、それらが何かははっきりはかりませんが、それを想像しながら観る。役者の演技に共感し、特には腹を抱えて笑い、時には涙を流しながら。また、演じるとなればなおさらで、演じる役の気持ちを想像できなければ演じきることはできません。また、一つの舞台を見ながら会場が一体となってそれを共有するのも一つの醍醐味です。自分だけ笑っている時も楽しいですが、会場全体が同時に沸いたり、鼻すすったりすると得も言えない満足感を得られる気がします。

今回のような災害が起こった際、「どうせ自分には何もできない」とか「被災地の人の気持ちなんか本人たち以外には分からない」という言葉が必ず聞かれるような気がします。しかし、やはりまず大切なことは被災地に想いを馳せることであり、その気持ちを想像することであり、何ができるかを考えることなのではないでしょうか。

その意味においては、演劇の役割は非常に重要だと考えます。劇団LOKEさんは小学校で公演を行ったり、ワークショップを開いたりと精力的に活動されているようですが、こういった取組によって相手の気持が分かるようになり、いじめが失くなり、今回のような有事に助けあうことができるような心が育まれていくのではないでしょうか。

3月11日に未曽有の大震災が東日本を襲った際、4月に公演を控えていた劇団鳴かず飛ばずさんは公演を自粛することを考えました。そして、悩んで悩んで悩みぬいた結果、予定通り公演を行い公演後ホームページで次の言葉を残しています。

自分たちには、芝居しかない。
そう思って、この舞台に向けて、団員一同尽力してきました。
舞台の灯が、観に来てくれた人の心に、温かさを伝えられていたら、幸いです。

この言葉の「温かさ」が全てなのではないかと。人間ってのは温かいもんなんですよ。でも人間だからそれを忘れちゃう時もあるわけで。それを思い出すきっかけになるのがお芝居なのではないかと思うわけで。結局、今日もまとまらなかったけど、今の時点での私の答えはこんな感じです。風呂入って寝よう。おやすみ。

 

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