南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」 能瀬と読書 能瀬の読んだ本

2014_014 中村和恵『日本語に生まれて』

(2014年2月23日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

世界のことば 問う試み

出張や旅行先で時間ができるとつい本屋に立ち寄ってしまう。書架にずらっと並んだ本を眺めているだけでも十分楽しいのだが、気になった本を手に取ったが最後、いつのまにか購入し荷物が重くなる。旅行中に限らず普段もそんな様子なので、給料日前には本屋には近寄らないようにしている。その代わりに図書館で借りられるだけの本を借りてくる。私にとって本に囲まれた暮らしは当たり前になっている。

本書は比較文学者である筆者が世界中の本屋を訪ね、その土地の人や文化に触れ、文字とことば、そして日本語について考えた記録である。世界といってもいわゆる先進国ではなく、ドミニカ島やマルティニーク島、インド、そしてオーストラリアといったかつて植民地化された国や地域である。

私ははじめ「日本語に生まれて」というタイトルについて、なぜ「日本に」ではなく「日本語に」なのかが理解できなかった。それはおそらく日本人である私にとって日本語での会話や読み書きが、ごく当然であるからであろう。しかし、世界では、母国語での教育が受けられない国や、母国語の出版物がほとんどない国も多く存在する。植民地された過程で混成語が生まれた国もあれば、その過程でなくなった言語もある。ほとんどの人が母国語だけで生活できる日本の方が特殊なのだ。

著者はその点が日本の高度な出版文化の土台にあり、教育水準を高く保ってきたと断言している。一方で、日本以外の国の人々に日本語で語りかけられないため日本語文化が独自に表現してきた倫理、哲学、論考が伝わらないという問題点を指摘し、解決策として翻訳に可能性を見出している。

グローバル化のもと、この瞬間にも消えていく言語がある。本書は世界の「周縁」とみなされてきた場所から生まれたことばを追い、ことばの世界の根源にある歌や物語を繰り返し語ってきた人の声を聞くことで「日本語」の姿を問いなおそうとする試みである。

2013年11月20日 第1刷発行
出版社:岩波書店
224ページ
ISBN-10:4000242997
ISBN-13:978-4000242998
装丁・装画:ありよしきなこ

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