南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」 能瀬と読書 能瀬の読んだ本

2014_052 東田直樹『跳びはねる思考』

(2014年10月5日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

多様な世界 豊かに表現

会社勤めをしていると「近頃の新人はコミュニケーション能力がない」とか「自分の意見を持っていない」などといった言葉をよく耳にする。本当にそうなのだろうか。その度、「コミュ障」というネット上の俗語が生まれるほどの、近年のコミュニケーション能力至上主義に懐疑的になってしまう。これらの指摘は「口から発せられる言葉はその人の考えとイコールであり、その人が考えていれば自分の意見として発言できる」という信念に基づいている。しかし、必ずしもそうとは限らないということを本書は教えてくれる。

著者は22歳の自閉症者だ。自閉症とは先天的な脳機能障害と考えられており、対人関係やコミュニケーションの困難さ、興味や関心の範囲が狭いといった特徴が3歳ごろまでに表れると言われている。

著者の口から出る言葉は、奇声や雄たけび、意味のないひとりごとであり、人と会話ができない。にもかかわらず、つむぎだす文章は豊かで、コミュニケーションに困難を抱えているとはとても思えない。彼のエッセーは自閉症者の目から見た世界や、障害を抱えて生きるとはどういうことなのかを私たちに教えてくれる。

例えば、あいさつができないのは人が見えていないからであり、人も風景の一部だから。山や木、建物や鳥といった全てのものが一斉に、話しかけてくる中で、引き寄せられるように、一番関心のあるものとの対話が始まるというのだ。

一方で、考えるとはどういうことか、伝えるとはといった根源的な問いについて考えさせられる。著者が本書の中で伝えたかったのは、「その人にしかわからない世界があるということ」だという。私自身、知ったつもりになっていた自閉症に対する考えを改めさせられた。障害を抱えているかいないかにかかわらず、われわれは他人を完全に理解することはできない。だからこそ、その世界を知ろうとする姿勢こそが本当のコミュニケーションの入り口なのではないだろうか。

2014年9月5日 初版
出版社:イースト・プレス
216ページ
ISBN-10:4781612458
ISBN-13: 978-4781612454

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