南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」

2015_032 陰山大輔『消えるオス』

(2015年7月26日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

性と寄生をめぐる攻防

先日、妊娠していないにも関わらず卵巣の中で髪の毛や歯などが作られてしまう女性の病気を知り驚いた。調べてみると決して珍しくはないらしい。ふと、女性だけでも生命が作り出せてしまうのではないかと考えていたところ、ショッキングな書名が目に飛び込んできた。昆虫の世界で起こる、微生物や細菌によってオスがいなくなったり、雌雄が決められたりする現象が、過去の研究や最新の知見をもとに紹介されている。

生物の性別は人間のように性染色体の有無によって決定するとは限らない。子どもの頃によく捕まえたダンゴムシは、ボルバキアという微生物への感染でオスがメスに変わってしまうものがいる。このボルバキアは恐ろしく、生殖の過程で自分が伝わらなかった(=感染しなかった)卵が死んでしまう「細胞質不和合」や、ハチの仲間ではオスなしで繁殖が可能になる「単為生殖化」を引き起こすことも確認されている。

ただし、ボルバキアが卵巣形成を助けたり、必須栄養素を宿主に供給したりしているケースもあり、必ずしも厄介者とは言い切れない。また、ハエの仲間ではボルバキアによってさまざまな病原ウイルスに対する抵抗性が高まる例も示されている。

「共生」も本書の大きなテーマだ。ボルバキア以外の細菌の働きで天敵から逃れるミミイカや、病原性線虫の感染から逃れるハエの一種も紹介されている。このほか共生微生物を利用した害虫の管理法や感染症の撲滅、治療などの最新の試みについても取り上げており興味深い。

一般向けに書かれたものとはいえ、非常に読み応えがある内容で、生物がこれまでの進化の過程で微生物などといかにせめぎ合って来たのかを垣間見ることができる。私たち人間の遺伝子にもウイルス由来の配列が多数見つかっており、胎盤の形成には不可欠なウイルスもあるという。ひょっとしたらわれわれの身体の構成や普段の行動も、微生物やウイルスによって操作されているかもしれない。そう考えるとぞっとする。

 

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