(2015年9月20日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)
"雑談"通じ患者を知る
国が在宅医療政策を推進しているが、いまだ病院で生涯を終える人の割合は8割弱と言われている。中でも終末期に重要な役割を担っているのが療養病床だ。病院の役割は病気の治療であることに異論はないが、ほとんどの患者が「治らない」終末期の医療現場において、よい医療とはなんだろう。その1つの答えとして「ナラティブ」という手法で一人ひとりの患者と向きあおうとする、関東の富家病院グループの取り組みを紹介したのが本書だ。
ナラティブとは物語という意味だが少々注意が必要だ。医療の世界では患者自身に病気について語ってもらい、それを治療方針等に生かす「ナラティブ・ベイスド・メディスン」や、語りを通じて自分の看護を振り返る手法もあるが、富家病院の実践する「ナラティブ」は、患者やその家族との“雑談”を通じてこれまでの患者の人生を知り、全人的に患者を理解しようとするものだ。
特徴的なのは、患者一人ひとりに1冊ずつ準備され、本人にまつわる気付きや出来事、会話をスタッフや家族が誰でも書き込める「ナラティブノート」。また患者が入院中に見せたさまざまな表情を写真に撮り、額に入れたものが一面に飾られた「ナラティブの階段」だ。
「ナラティブ」を始めた当初の目的は医療スタッフの患者への接し方を変えることにあった。だが、活動を通じて患者の変化に敏感になったり、患者やその家族に頼りにされることでスタッフの「よりよい仕事をしよう」というやりがいの創出につながったという。
医師や看護師、理学療法士、臨床心理士等さまざまな職種の立場から「ナラティブ」の効果が語られている点も興味深い。またグループ内の他施設で、それぞれのやり方で行われている点は「富家病院だからできた」わけではないこと示している。
病院で働く者として、その忙しさは常日頃実感している。その中で、いかに心にゆとりを持てるかがよりよい医療の鍵なのかもしれない。