南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」

2015_048 加藤文俊 『おべんとうと日本人』

(2015年11月15日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)

縮み思考の美意識映す

最近、息子と2人の休日は、弁当箱を持って出掛けることが多い。外出先でシートを広げ、妻が仕事前に作ってくれたおべんとうを食べる。外食と比べて節約になるし、なによりとても楽しい気分になる。本書は私たちにとって身近なおべんとうを入り口に、私たちの暮らしを理解しようとする試みだ。

冒頭ではおべんとうの語源のひとつとして「弁当(辨當)」が紹介されている。これは本来「分(わか)ち當(あ)てる」、つまり細かく区分けするという意味があり、著者はここに日本人らしさを見いだしている。日本人の身の回りの〈もの・こと〉をちいさく凝縮し緻密にする習慣や行動様式がおべんとう作りにも現れているという。同様に「詰める」ことも、「根を詰める」「気を張り詰める」といった語に現れている、日本人にとって重要な美意識である集中することと密接に関わっているのだとしている。

おべんとうの起源から最近のSNSとの関係に至るまで、弁当箱さながら幅広い視点からの考察が詰め込まれている。手作りのおべんとうの話だけではなく、コンビニ弁当や弁当用の冷凍食品を肯定的に捉え、その背景にある社会の変化や私たちの生活に着目している点は興味深い。

本書では度々、情報を媒介するものとしての弁当箱について語られている。いかなるおべんとうでも、それを作るためには必ず誰かが時間を捻出しており、そこには作る人の思いや愛情が込められている。食べる人の喜びや感謝は空になった弁当箱を通して作った人に伝わる。おべんとうを介して生まれるさまざまなコミュニケーションによって、私たちの暮らしは豊かになっていくに違いない。

おべんとうと聞いて一番に思い出すのは高校入学当時のことだ。わが家の空揚げがおいしいと友人の間で評判になり、私の分が無くなった結果、母が友人用の弁当箱も準備してくれた。入学直後の慣れない学校生活の中でおべんとうが確かにコミュニケーションに一役買っていた。

 

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