(2016年1月24日南日本新聞 書評欄「郷土発おすすめ」)
医療崩壊が促した変革
一昨年、著者の講演を聞く機会があった。テーマは「医療崩壊のすすめ」。「病院がなくなったら大変じゃないか」と眉唾もので話を聞き、「夕張市だからできたのだろう」と感じたことを記憶している(お恥ずかしい)。本書によって、その思いが1年越しに解消された。
著者は2007年に財政破綻した夕張市の元診療所長だ。夕張市では財政破綻を機に市内から病院がなくなった。といっても医療機関がなくなったわけではなく、171床の市立病院が閉院し、19床の診療所ができた。市内からコンピューター断層撮影(CT)・磁気共鳴画像装置(MRI)は一台もなくなり、高度な医療が必要な場合は市外に行く必要があるため、救急車が病院に到着する時間は1時間以上とそれまでの約2倍になった。まさに医療崩壊といえるが、病院閉鎖後、死亡総数・死亡率は増加せず、救急車の出動回数は減り、1人あたりの医療費は減少した。その代わりに在宅医療が充実し、「老衰死」が増加した。
なぜそのようなことが起こり得たのか、本書では豊富な統計データを元に解説されている。一番の鍵である「市民の意識改革」については、夕張市民4人のインタビュー記事が、身近なものとして考えるきっかけを与えてくれる。医療に任せきりにせず予防に努めようとする姿や、都市型の社会構造の中でも最期まで自宅で過ごせるような地域のきずなづくりは夕張市だからできたのではないことを示している。
日本の医療費は年々増加しており、厚生労働省は病床削減の方針を明らかにしている。夕張市のように病院がなくなるとまではいかなくとも、医療崩壊が起きた際、解決できるのは国でも医療機関でもなく私たち自身だということを教えてくれる。
著者は現在、鹿児島を拠点に臨床・研究を行っている。3分の2以上の市町村が高齢化率30%を超え、人口10万人当たりの病床数が全国2位の鹿児島で、夕張市のように住民の意識改革が起こる日も近いかもしれない。