祖父がまだ健在で自宅で生活していた頃の話。
その日、介護認定調査のため調査員さんが自宅を訪問するということで、立ち会うために休みを取っていた。
介護認定調査では、長谷川式検査といった認知機能の検査が行われるのだけれど、日常生活の中で認知症の症状が見られる人も認定調査員の前ではシャンとして答えることができてしまい、実態との乖離が生まれてしまう(実態よりも軽い介護度になる)ことも珍しくない。
認定調査を終えた後、祖父母を買い物に連れていったのだけれど、祖母が車を降りふたりきりになった車内で祖父がポツリと呟いた。
「ボケた振りするのも大変だ」
実際には祖父は間違いなくボケていたし、自分でもその自覚はあったと思う。
真面目で寡黙な祖父だったが、「自分が介護を受けなくてはならない状態にある」ことを受け入れようとしていたのだと思う。
祖父の口から出たその言葉にはこみ上げてくるものがあった。